低悪性度と分類されても、あなたが見ている腫瘍は術後1.5年で肺転移する可能性があります。
歯科情報

上皮筋上皮癌(Epithelial-myoepithelial carcinoma:EMC)は、1972年にDonathらによって初めて報告され、1991年のWHO唾液腺腫瘍組織分類(第2版)で正式に採用された唾液腺の悪性腫瘍です。発生頻度は全唾液腺腫瘍の0.5〜1%と比較的まれであり、好発部位は耳下腺で、全症例の大半を占めます。好発年齢は60歳前後で、半数以上が女性という疫学的特徴があります。
「低悪性度」という言葉には注意が必要です。低悪性度とは、あくまで「他の高悪性度唾液腺癌と比べて進行が緩徐」という意味であり、転移しない・再発しないという意味では一切ありません。実際、完全摘出症例での5年生存率は80〜94%、10年生存率は72〜82%と良好である一方で、25%に遠隔転移を認め、局所再発率は25〜36%という報告があります。この数字は、4人に1人が遠隔転移を起こしている計算になります。
臨床症状や画像所見が良性腫瘍に類似している点も、この疾患の診断を難しくしている要因です。MRI検査でも診断の決め手となる特異的な所見が乏しいため、術前に正確な診断がつくケースは多くありません。結果として、術後に予期せず悪性腫瘍と判明し、追加治療の検討が必要になる場面が少なくないのが現状です。
病理組織学的特徴として最も重要なのが「二相性構造」です。内層に管腔上皮細胞(ピンク色の好酸性細胞)、外層に淡明な細胞質を持つ腫瘍性筋上皮細胞が層状に配列し、この二層構造を持つことがEMCの根本的な特徴です。しかし、この二相性の割合や明瞭度は症例によって様々であり、典型的ではない像を示すケースもあるため、鑑別診断に難渋することがあります。
参考:上皮筋上皮癌の病理学的特徴と診断基準について詳しく解説されています。
上皮性筋上皮癌:病理レポートの理解 – MyPathologyReport
上皮筋上皮癌が同じ組織型であっても、予後が大きく異なる症例が存在することは臨床的に非常に重要な知識です。予後不良に関連する病理組織学的因子として、現在いくつかの指標が報告されています。これらを把握しておくことで、術後管理や補助療法の判断に直接役立てることができます。
まず切除断端の状態が重要です。断端陰性(complete resection)の症例では予後良好な傾向が強いのに対し、断端陽性症例では術後放射線療法が強く推奨されます。顔面神経との癒着部分など、物理的に断端が取れにくい部位に腫瘍が存在する場合は、術後補助療法の計画を術前から立てておく必要があります。
次に、神経周囲浸潤(perineural invasion)と脈管侵襲(lymphovascular invasion)も重要な予後不良因子です。がん細胞が神経に沿って進展すると手術後の腫瘍再発リスクが高まり、脈管侵襲が確認された場合はリンパ節や遠隔臓器への転移リスクが上昇します。これらは免疫染色でも確認できる項目であり、病理レポートを読む際に必ず確認すべきポイントです。
壊死組織の存在、筋上皮細胞の高度な核異型・多形性も予後不良と関連するとされています。Ki-67陽性率が高い症例では細胞増殖能が亢進しており、より慎重なフォローアップが必要です。実際に報告された症例では、Ki-67陽性率が5〜15%程度の典型的なEMCに対し、高悪性度転化症例ではKi-67陽性率が70%前後にまで上昇していたことが確認されています。
腫瘍の大きさ(6.3cmを超えると予後不良とされる)、年齢(75.6歳超)、被膜外浸潤の有無、リンパ節転移・遠隔転移の有無なども予後に関わる臨床因子として報告されています。同じ「上皮筋上皮癌」でも、これらの因子が重なるほど管理の難易度が上がります。これらの因子が複数確認された場合は要注意です。
高悪性度転化(High-grade transformation)は、既存の低悪性癌が二次的に高悪性化した癌腫を生じる現象であり、近年注目が集まっています。上皮筋上皮癌においても、この高悪性度転化の報告が複数あり、歯科口腔外科・頭頸部外科の現場では認識が不可欠なテーマとなっています。
高悪性度転化した上皮筋上皮癌の特徴は、HE染色で通常のEMCに見られる典型的な二相性構造が失われていることです。腫瘍細胞は非定型的・多形性が強くなり、核分裂像(mitosis)や壊死(necrosis)が目立つようになります。病理学的に「悪性度の高い唾液腺癌」と判断されても、組織型が特定できないケースが生じます。意外ですね。
このような診断困難例に対して、近年注目されているのがHRAS遺伝子変異の検索です。2019年にUranoらが報告した多施設研究によると、上皮筋上皮癌の81.7%にHRAS遺伝子変異が認められました。一方で、腺様嚢胞癌、多形腺腫、基底細胞腺腫、基底細胞腺癌、筋上皮癌ではHRAS遺伝子変異が認められないことも明確になっています。つまりHRAS変異の検出はEMCに高い特異性を持ちます。
実際の症例として報告された64歳男性の例では、右耳前部腫瘍の急速な増大と顔面神経麻痺を伴い、画像では45mmの境界不明瞭な腫瘤が確認されました。PET-CTではSUVmaxが13.11と高い集積を示しており、高い悪性度が疑われましたが、HE染色・免疫染色のみでは最終診断が困難でした。Sanger法によるHRAS遺伝子解析でQ61K変異が確認されたことによって、はじめて高悪性度転化した上皮筋上皮癌として疑診するにいたっています。
この事例が示す実践的な教訓は明確です。診断に難渋する高悪性度唾液腺癌に遭遇した場合、免疫染色で二相性構造の痕跡が疑われるならば、HRAS遺伝子解析を行うことが診断の突破口になりえます。病理組織診断に関わる歯科口腔外科医・病理専門医には、遺伝子パネル検査の活用という選択肢を常に念頭に置いておくことが求められます。
参考:HRAS遺伝子変異を認め高悪性度転化した上皮筋上皮癌の報告症例と詳細な病理組織所見が掲載されています。
上皮筋上皮癌の確定診断には、病理組織学的所見と免疫組織化学染色(IHC)の組み合わせが不可欠です。免疫染色では二相性腺管の各成分が異なるマーカーに陽性を示す点が、診断の根拠となります。
管腔上皮細胞側では、PanCytokeratin(CK AE1/AE3)、CK7、EMAが陽性を示します。外層の筋上皮細胞側ではS100タンパク、SOX10、p63、p40、α-SMA(平滑筋アクチン)、筋肉特異的アクチンが陽性となります。DOG-1も腫瘍辺縁の細胞質・細胞膜に陽性を示すとされています。これらのマーカーが二相性に陽性となることを確認することが、EMC診断の原則です。
ただし、すべての症例で全マーカーが教科書通りに陽性となるわけではありません。症例によっては典型的でない染色パターンを示すことがあり、それがさらに診断を複雑にします。鑑別すべき主要な疾患として、腺様嚢胞癌(篩状型)、多形腺腫、基底細胞腺腫・腺癌、筋上皮腫・筋上皮癌、粘表皮癌、明細胞