
血中循環腫瘍DNA(circulating tumor DNA、ctDNA)とは、がん細胞が死滅する過程で血液中に放出される腫瘍由来のDNA断片のことです。健康な人の血液中にも細胞から放出されるセルフリーDNA(cell-free DNA、cfDNA)が存在していますが、がん患者の場合はその一部に腫瘍特有の遺伝子変異を持つctDNAが含まれています。
ctDNAの特徴として、以下の点が挙げられます:
ctDNAが血中に放出されるメカニズムは主にアポトーシス(プログラム細胞死)やネクローシス(壊死)によるものですが、一部は生きたがん細胞からも能動的に放出されることが示唆されています。腫瘍の大きさ、位置、血管新生の程度によってctDNAの量は変動します。
ctDNAの検出には高感度な技術が必要であり、現在は主に次世代シーケンサー(NGS)やデジタルPCR(dPCR)が用いられています。特に高強度シーケンシング法では、ゲノムの各領域を60,000回以上読み取ることで、微量のctDNAを高精度で検出することが可能になっています。
血中循環腫瘍DNAを用いた検査の最大の利点は、腫瘍組織の生検に比べて非侵襲的であることです。これは「リキッドバイオプシー」とも呼ばれ、特に以下のような臨床的意義があります:
研究によれば、進行した乳がん、肺がん、前立腺がん患者を対象とした試験では、腫瘍で検出された遺伝子変異の73%が血中ctDNAでも検出されています。特に、ステージIII大腸がん患者では、術後化学療法終了後にctDNAが検出された患者群は、検出されなかった患者群に比べて再発リスクが3.8倍高いことが報告されています。
また、腫瘍の不均一性(heterogeneity)を評価する上でもctDNA解析は有用です。腫瘍の一部からの生検では捉えられない多様な遺伝子変異を、血液検査によって包括的に検出できる可能性があります。
膵癌は早期発見が難しく、診断時にはすでに進行していることが多いがんです。そのため、非侵襲的な早期診断方法としてctDNA検査に大きな期待が寄せられています。
膵癌では、KRAS、TP53、SMAD4、CDKN2Aなどの遺伝子に高頻度で変異が認められます。これらの遺伝子変異をctDNAから検出することで、膵癌の診断や治療効果のモニタリングが可能になると考えられています。
次世代シーケンサーを用いた膵癌におけるctDNA検出系の研究では、PCR増幅後にシーケンシングを行い、バーコードタグを用いて効率よく読み取りエラーを除去する非重複統合リード塩基配列決定法が開発されています。この方法により、微量のctDNAからでも高精度に遺伝子変異を検出することが可能になっています。
膵癌におけるctDNA検査の臨床応用としては、以下のような可能性が考えられています:
膵癌における次世代シーケンサーを用いた血中循環腫瘍DNA検出系の詳細はこちら
多発性骨髄腫は、骨髄中の形質細胞ががん化する血液のがんです。近年、多発性骨髄腫においてもctDNA解析の有用性が報告されています。
2024年3月に国立がん研究センターから発表された研究によると、再発・難治性多発性骨髄腫患者261名の臨床検体を用いた遺伝子解析が実施され、骨髄の形質細胞と循環腫瘍DNAにおける遺伝子変異頻度が明らかにされました。特筆すべきは、TP53変異やKRAS変異などの循環腫瘍DNA変異が、骨髄の形質細胞DNAの解析結果よりも優れた無増悪生存率の予測能を示したことです。
この研究では、循環腫瘍DNAの変異数(TP53、KRAS、DIS3、BRAF、ATM、NRASの6遺伝子)と血漿DNA濃度、前治療レジメン数を組み込んだ効率的な予後予測モデル(ctRRMM-PI)が開発されました。このモデルにより、再発・難治性多発性骨髄腫患者に最適な治療を選択するための新たな指針となることが期待されています。
多発性骨髄腫におけるctDNA解析の利点として、以下の点が挙げられます:
歯科領域においては、ctDNA解析の直接的な応用はまだ限られていますが、将来的には口腔がんの診断や治療モニタリングに活用できる可能性があります。
口腔がんは早期発見が予後改善に重要ですが、現状では視診や組織生検が主な診断方法となっています。ctDNA解析が口腔がんの診断に応用されれば、以下のようなメリットが考えられます: